Mar 22, 2011

様々な事業の資金支援制度

事業資金の支援制度が地方自治体によっていろいろある。もし、支援制度を知らないようであれば、地方公共団体に相談てみるといい。内容は、事業資金の融資金利補助や保証協会に支払う保証料補助元本の発酵など様々である。誰もが中小零細企業にはありがたいのだ。興味があれば、地方公共団体ごとの違いを見ても面白い。
新会社の設立を検討している人もいるでしょう。社会に適切に還元することが何よりも重要になるです。会社設立後のことも考える必要があります。方向性をきちんと決めていくことで、彼らは実現が可能となるでしょう。日本人の誇りというような存在を目指してほしいですね。応援しています。
 全国高校サッカー選手権最終日決勝(10日、国立競技場)エースが初V決めた! J入りも決めた! 決勝初進出同士の顔合わせは、滝川二(兵庫)が久御山(くみやま=京都)を5−3で下し初優勝。OBの日本代表FW岡崎慎司(24)=清水=と同じ4月16日生まれの“岡崎2世”FW樋口寛規(3年)が2ゴールを決めて通算8得点とし、得点王に輝いた。

【連続写真で見る】終了間際にチーム5点目を決める滝川二・樋口

 開幕前は卒業後の進路が未定だったが、岡崎が所属するJ1清水入りもゲットした。兵庫県勢の優勝は戦後初。95年の阪神・淡路大震災に見舞われながらもたくましく成長した選手たちが、故郷に歓喜を届けた。

 ゴールへ、勝利へ、脇目もふらず突き進んだ。試合終了間際に4−3と1点差まで迫られて迎えたロスタイム。クリアボールを奪った樋口は躊躇(ちゅうちょ)せずドリブルをしかけた。GKをかわし、倒れ込みながら決めた右足弾。大歓声のなか、国立の空に突き上げた真っ赤な手袋をはめた両腕が、兵庫県勢戦後初の優勝を告げる勝ちどきになった。

 「点を取れたのも、みんながつないでくれたから。“持ってる”のは、僕じゃなくみんなだと思う」

 プロ野球・日本ハム入りした斎藤佑樹投手のように謙虚な樋口だが、素朴な風貌とは裏腹“持ってる”男だ。後半14分に2トップを組むFW浜口が2点目を挙げ、ゴール数はFW加藤大樹(立正大淞南)と3人タイの7得点。ダメ押し弾は勝利と同時に単独得点王を決める一撃にもなり「できれば自分ひとりで獲りたいと思っていた」と本音ももらした。

 ボールを持てば前へ突き進むのが、樋口の本能だ。1歳のころ、おむつをつけたまま公式球を蹴っていた息子に母・嘉子さん(51)は「ドリブルの天才だと思いましたね」と笑う。2歳で被災した阪神大震災。宝塚市の自宅が半壊し、移り住んだ仮設住宅の狭いスペースでも、ボールを蹴って遊んでいたという。

 小1で入った宝塚ジュニア時代の先輩・日本代表FW岡崎の背中を追いかけ、宝塚ジュニアFCを経て滝川二高へ。カタールでアジア杯を戦う先輩から届いた「歴史を塗り替えろ」というメールを励みに、岡崎も高校時代なし得なかった全国制覇を果たした。昨秋に筑波大の推薦に落ち今大会開幕時は進路未定だったが、大活躍でJ1清水入りも内定。前へ突き進むドリブルで、自らの人生も切り開いた。

 「(岡崎には)まだ足下にも及ばないけど、もっと練習して近づいて、最後は追い越したい。代表に入って世界で活躍できる選手になりたい」

 夢舞台で飛躍を遂げたストライカーは、人生も前へとひたすら突き進む。


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 サッカー・日本代表合宿(10日、カタール・ドーハ)日本代表は1−1で引き分けたアジア杯初戦・ヨルダン戦から一夜明け、アルアハリ競技場で練習。終了後、MF本田圭佑(24)=CSKAモスクワ=は、MF香川真司(21)=ドルトムント=と8分間にわたる激論を交わした。本田は「真司はもっとやれる選手」と13日のシリア戦以降、香川を生かすプレーを意識。アジアの頂点へ、引いて守る相手の打開策として、トップ下という“王権禅譲”もいとわない姿勢をみせた。

【写真で見る】ピッチに座り込んで“激論”する本田と香川

 約1時間の練習を終えた直後だった。本田は香川に声をかけて呼び寄せると、チームとやや離れたピッチ上で、2人だけで“激論”を始めた。ザック・ジャパンの“2人の王様”が、過去に例がない合計8分もの間、身ぶり手ぶりを交えて話し合いを続けた。

 「シンジ(香川)はもっといいところを出せる選手。オレが一番(香川に)絡める選手ということで(話をした)」

 練習場を出てきた本田は、報道陣の問いかけに立ち止まり、激論の意図を説明した。さらに「きのう(9日)よくなったのはオレが右サイドでやったとき」と驚きの言葉を口にした。

 前日のヨルダン戦で後半13分に本田が右MF、香川がトップ下に変わった後のチームの改善を素直に認め、黒子役、そして右サイドでの先発もいとわない姿勢を表した。つまり“王権禅譲”を示唆したのだ。

 所属のCSKAではトップ下を求めてスルツキ監督と衝突するなど攻撃の核・トップ下への、本田のこだわりは強い。香川も年末の合宿で「トップ下でやりたい」と話し争奪戦の様相だった。

 しかし、ヨルダン戦では香川が左MFでサイドに張る形で孤立。ボール保持率68%vs32%と圧倒しながら、アジア特有のドン引き守備を崩せなかった。そこで本田は動いた。「オレと(香川と)の距離感が遠すぎた。近くても、ゴールから遠ければ意味がない」。相手の守備を混乱させるためお互いが先発の位置に縛られず、FWのように相手ゴールに近い中央の位置で流動的に動く。そんな手法の必要性を熱く説いた。

 同じく専守防衛が予想される次戦のシリア相手に、ブンデスリーガで8得点を決める香川をサポートするプレーが「オレのプレーにもつながる」と、本田は考える。アジア王座のためなら、ポジションへの余計なこだわりはない。

 一方の香川は「個人的には真ん中の方がやりやすい」と歓迎。「もっと圭佑くんの近くでプレーした方がいいかなと思った」と呼応した。最終的な起用法を決めるのはザッケローニ監督だが、2人に共通意識が芽生えたことは、融合へのアシストになる。

 言葉少なだった大会前のピリピリ感とは対照的に、本田は「そう甘かったら、サッカーは面白くないでしょ。ちょうどよかったんじゃない? 負けじゃなく引き分けで厳しさを知れて。これより下はない。逆に気が楽でしょ」と柔和に笑った。

 「オレもシンジも、ゴールが取れなくて飢えている。爆発できればいいんじゃないかな」

 バスに乗り込むその姿には、逆に“王様”の風格が漂っていた。


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