Mar 01, 2009

様々な事業の資金支援制度

事業資金の支援制度が地方自治体によっていろいろある。もし、支援制度を知らないようであれば、地方公共団体に相談てみるといい。内容は、事業資金の融資金利補助や保証協会に支払う保証料補助元本の発酵など様々である。誰もが中小零細企業にはありがたいのだ。興味があれば、地方公共団体ごとの違いを見ても面白い。
会社設立は難しいと見られるがサポートしてくれる人々を揃えれば、そこまでは難しいようではないそうです。もちろん、配置まで色々大変だと思います。会社うまくいけば、数年続くので、信頼できるパートナーを選択してくださいですよね。しかし、きちんと信頼できる弁護士さんをつけてくれれば、簡単に会社設立ているそうです。
 ポスティングシステム(入札制度)でロッテから米大リーグ・ツインズに移籍した西岡剛内野手(26)が22日、成田空港着の航空機で帰国した。

【写真で見る】ツインズ入団会見でユニホームに袖を通した西岡

 雪の影響で1日遅れ、この日も搭乗予定の2便が欠航。早速、地元ミネアポリスの厳しい気候の洗礼を受け「足止めがあって疲れています。ホテルに戻って寝ていました」とグッタリ。それでもメジャー移籍の夢がかない「ツインズのユニホームを着た姿をイメージして練習できるのはうれしい」と笑顔をみせた。

 来季のオープン戦開幕カードはレッドソックスで、所属する松坂大輔投手(30)について「できればやりたいです」と胸を高鳴らせた。


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 これもメジャーの洗礼?ポスティング・システム(入札制度)でツインズ入団が決まった西岡剛内野手(26)が22日、成田空港着のデルタ航空機で帰国した。搭乗予定だった2本の航空機がともに悪天候のために欠航。ミネアポリス空港に到着してから、成田空港を後にするまで約40時間を費やした。2日がかりのドタバタ帰国に、さすがの西岡も疲労困ぱいだった。

 毛糸の厚手のパーカを身にまとった西岡の顔には、うっすらとひげが伸びていた。やっとの思いで、踏みしめた日本の地。第一声は「あー、最悪だった。(悪夢の時間を)思い出したよ」。

 ビル・スミスGMに送られて、ミネアポリス空港に着いたのは、現地20日の午前11時。ここから足止めの連続だ。ミネアポリスは記録的な寒波に見舞われており、同午後1時10分発の帰国便は定刻通りに動きだしたが、翼が凍結していることが判明。4時間ほど滑走路で待機した揚げ句に欠航となり、直子夫人(26)とホテルに戻った。

 これだけでは終わらない。翌21日午前9時の臨時便は2時間遅れで現地を飛び立ったが、天候不良のため、すぐに空港に引き返すハメに。そのまま欠航となり、今度は午後1時10分発の定期便に振り替えとなった。その便も成田空港に予定時刻を30分以上オーバーして到着。午後6時すぎに車に乗り込み、成田空港を後にするまで約40時間のドタバタ帰国に「入団できたのはうれしいですけど、2日間足止めを食らって疲れました。空港で寝ている人もいました」。今季ポストシーズンを含め159試合フルイニング出場するなど体力には自信がある西岡も振り返る表情は曇っていた。

 だが、ツ軍の背番号1として、心はすでに切り替わっている。「これからツインズのユニホームを着たイメージで練習できる。テンション上げて、目的意識をしっかり持って取り組める」。年明けからの本格始動では、二塁、遊撃の練習に加え、ガーデンハイアー監督から言い渡された2番として、小技を含めた技術の再確認も行う。

 オープン戦は2月27日(日本時間28日)からいきなりレッドソックスとの3連戦が待つ。松坂との対戦については「できたらいいですね」と控えめだが、あくまで結果を残すためにメジャーに移籍した。「実感は開幕の時にユニホームを着てグラウンドに立った時に湧くものだと思う」。この時ばかりは言葉に力を込めた。

 ≪過去にもあった日本人選手のドタバタ≫今年2月10日には、メッツの五十嵐も悪天候によるハプニングに見舞われた。メジャー1年目のキャンプに備えて成田空港からニューヨークへ午前の便で移動する予定だったが、北米東海岸を襲った大雪の影響で欠航。空港へ向かう車中でキャンセルを聞き「初めての経験。早くもメジャーの洗礼を浴びてますよ」とうなだれた。結局、午後になっても天候が回復せず、翌日の便で出発した。

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 【スポーツ群像】

 プロ野球パ・リーグのシーズン3位からクライマックスシリーズ(CS)を勝ち抜き、日本一へと登り詰めたロッテ。夏場以降にレギュラーへ定着し、ポストシーズンでもバットで活躍を見せた新人外野手、清田育宏(24)=NTT東日本出身=の存在がなければ、ロッテの“下克上”は成し遂げられなかったといっても過言ではないだろう。(三浦馨)

 ■ライバルの故障でチャンスつかむ

 清田は地元の千葉県鎌ケ谷市出身。市立柏高から東洋大、NTT東日本を経てドラフト4位指名で今年ロッテに入団した。

 同期入団で1位指名の同じ外野手、荻野貴司(25)=トヨタ自動車=は開幕レギュラーの座をつかんで活躍したが、清田は2軍スタートと出遅れた。だが、荻野が右ひざ半月板を損傷し、戦列を離れると、代わって5月24日に1軍へ昇格。8月から主に2番打者として先発メンバーに名を連ねた。

 「その日の第一打席を特に大事にしている」と清田。「どんな当たりでもいい。ヒットが出ればあとの打席は楽になるし、先頭の剛さん(西岡)が出塁すればバント。きっちり送れば流れに乗れる」と語る。

 1軍では金森栄治打撃コーチ(53)にプロの打撃技術を学んだ。「『打席では無駄な動きをせず、バランスよく打て』と教えられました。あとは『ボールをよく引きつけろ』と」

 助言を得た清田は次第に1軍の打席でも力を発揮し、公式戦64試合で打率・290、本塁打2本、18打点の数字を残した。中でも得点圏打率は・372と勝負強さが光った。

 ■大学時代に野手へ転向

 清田は東洋大では投手も務めていた。「いいピッチャーだったよ。ブルペンではすばらしいボールを放っていた」と高橋昭雄監督(62)は振り返る。ところが、いざ実戦になると突然コントロールが乱れる欠点があった。

 他リーグの大学との練習試合で2安打完封と会心の投球を見せたと思えば、次の社会人チームとの試合では立ち上がりから四死球を連発。いきなり5失点し、「やはりダメか」と高橋監督を落胆させた。

 当時の東洋大は大場翔太(25)=現ソフトバンク=と永井怜(26)=楽天=の両右腕を中心に投手陣は充実していた。高橋監督は清田のバッティングを生かすため、野手へ専念するよう命じた。

 4年春のリーグ戦では打率・259、3本塁打、14打点。秋のリーグ戦は打率・276、2本塁打、6打点でチームの春秋連覇に貢献。「本当は今もたまに(投手として)投げてみたいと思うことがある」という清田だが「あのとき打者へ転向してよかったんでしょうね」と高橋監督に感謝する。

 ■シリーズ優秀選手に輝く

 ソフトバンクとのCSファイナルステージ第2戦では先制本塁打。第5戦では試合を決定づける2ランを放った清田は、日本シリーズでも大活躍した。

 ナゴヤドームでの初戦では三回に同点ソロを放ったが、これは1958年の長嶋茂雄・元巨人監督以来、52年ぶりの新人によるシリーズ第1戦本塁打となった。

 「あまり気負わずにプレーしている。1年目からこういう経験をさせてもらって感謝してます」と清田。本拠地・千葉マリンスタジアムでの第3戦でも満塁の走者一掃の三塁打を放つなど、シリーズの新人タイ記録となる6打点をマーク。第2戦を除く6試合で計10安打を放ち、打率・333と働き、シリーズ優秀選手に輝いた。

 「(清田は)何かを持っている? 当然でしょう」と西村徳文監督(50)。恩師の東洋大・高橋監督も「あいつの向こう気の強さはプロ向きだと思っていた」とロッテでの活躍を喜ぶ。

 オフの契約では1000万円増の推定年俸2500万円で更改。「日本一になっていい1年だった。(来季は)レギュラーとして144試合をフルで戦いたい」と清田は2年目のさらなる飛躍を誓った。

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